第8話「二人の死」

 

 タライムが重傷を負って一週間後、ティアの手によって二人の人物がコルム大陸管理局長室に呼び出されていた。

「よく来てくれた。アル、エミリア」

「タライムが重傷と聞いてはね。それで、容態は?」

 アルサルがティアに尋ねる。

「なんとも言えないな。今、ルーファに治療を任せているが、意識は依然回復していない。やれることは全てやると言っていたが……」

「そうですか……」

 ティアの返答に、エミリアは肩を落とした。

「だが、悲しんでばかりもいられない。放っておけば、ますます被害が広がる可能性もあるのだ」

「どういう事です?」

「レオナの話によれば、タライムと戦った騎士は「リスト」に載っている相手を殺そうとしているらしい。リストに載っている者の名前は分かっていないが、少なくともレバンとタライムは載っていたようだ。この二人だけとは思えない。恐らく他にも……」

ティアがそこで一旦言葉を止める。アルサルとエミリアはお互いにちらっと目を合わせた。

「それで、俺達を呼んだ理由は?」

「君達にその騎士を探して欲しい。その騎士については、重厚な真紅の鎧を纏っているという事と、炎を宿した剣を持っているという事くらいしかわかっていない。捜索は困難だろう。そこで、君達を選んだ」

「私達もリストに入っている、と?」

「可能性が高いと思っている。こちらから捜索せずとも、君達が行けば向こうから出てくるかもしれない。危険な頼みだが、やってくれるか?」

「もちろんだ。だが、俺もエミィもリーサルウェポンを持っていない。タライムが手も足も出ないような相手なら、俺達二人じゃ倒せない可能性が高い。誰かリーサルウェポンを持った者を一人つけて欲しいんだ。カリオンが適任だろう。彼に連絡を」

 アルサルがティアにそう提案する。

「ああ、それはわかっているんだが……」

 だが、ティアはその提案に何故か表情を曇らせた。

「何か問題でも?」

 今度はエミリアがティアに尋ねる。

「問題というか……。実は今、カリオンと連絡が取れていない」

「何だって!? まさか、カリオンも……!?」

「いや、そうじゃない。居場所はわかっているし、生存も確認している」

 机に身を乗り出さんばかりのアルサルを見て、ティアは慌てて訂正を加えた。

「私もアルと同じ考えを持って、一週間前から使いを送っている。だが、カリオンは使いとの面会をことごとく拒否しているんだ」

「拒否? 何故?」

「わからない。アル、お前はカリオンと親しいだろう? カリオンのところへ行って、様子を見てきてくれないか? 可能なら、そのまま同行させて欲しい」

「わかった。カリオンは今どこに?」

「イダーにあるALT専用の宿だ。馬車を用意しているから、それで行ってくれ」

「了解」

 そう言って、アルサルが部屋を出ようと踵を返す。だが、エミリアはその場を動こうとしなかった。

「エミィ、どうした?」

 不審に思ったアルサルが尋ねる。

「……あの……」

 しばしの沈黙の後、エミリアが言い出しにくそうに口を開いた。

「レバンさんの捜索は……」

「レバンの捜索は打ち切った。今週中に、私が正式に管理局長に就任する予定だ」

 ティアが事務的にエミリアの質問に答える。

「でも、まだ死んだと決まったわけじゃ……」

「タライムが手も足も出なかった相手と戦って、一年も行方不明だ。死んだと考えるのが自然だろう。それに、もう時期的にも限界だ。これ以上、管理局長が不在では、管理局内部だけでなく、コルム大陸全域に影響が出る」

「…………」

 淡々としたティアの物言いに、エミリアがうつむく。ティアもそれ以上何も言わず、黙って手元の書類に目を落とした。

「……行こう、エミィ」

「……うん」

 アルサルがエミリアの手を引き、部屋を後にする。

 残されたティアは一つため息をつくと、手元にある書類を読むことだけに意識を集中させた。

 

 

「ここだな」

 管理局を出て二日後、アルサルとエミリアは目的の宿へとやって来ていた。一階の受付でカリオンの部屋番号を確認し、部屋の前までやって来る。中からは物音一つ聞こえず、本当に人がいるのか怪しいものだった。

「カリオン、いるのか?」

 部屋の扉を叩き、中に呼びかける。だが、中からは何の返事も返ってこなかった。

「留守かな?」

「わからない。とにかく、開けてみよう」

 アルサルは念のために宿主から借りていたマスターキーをポケットから取り出し、鍵穴に差し込んだ。かちゃっ、という音を確認して、アルサルが扉を開く。だが、その瞬間、

「うっ!」

 開いた部屋の中からは、すさまじい異臭が漂ってきた。あまりの臭気に、アルサルもエミリアも思わず鼻をつまむ。

「何の臭いだろ、これ?」

「わからない。とにかく中に入ろう」

 異臭を堪えながら、アルサルとエミリアが中に入っていく。だが、部屋の奥にはさらに驚くべき光景が広がっていた。

「な、何これ?」

 部屋の床には大小様々なビンがいくつも転がっており、食べかけの食事や残飯などが片付けられもせずに机の上に放置されている。中には腐っているものもあり、見るだけで吐き気を催すような光景だった。エミリアが床に転がっているビンを一つ拾い、飲み口の辺りの臭いをかぐ。

「これ、お酒だ」

 ビンのラベルも確認しながら、エミリアがアルサルに言う。

「異臭の正体は酒と腐った残飯か。それにしても、ひどすぎるな。一体、カリオンはどこに行ったんだ?」

 アルサルはカリオンのいた痕跡を探すため、きょろきょろと辺りを見回す。すると、奥のソファーで誰かが毛布にくるまって眠っているのを発見した。

「誰かいるぞ……」

 アルサルが慎重にソファーへと近づいていく。もし、既に敵の手がここに回っていた場合、敵の見張りである可能性もある。迂闊に近づけば、襲ってくるかもしれない。アルサルは足音を立てないように一歩ずつソファーに歩み寄り、そして、いつでも武器を取れる体勢を維持しながら、一気に毛布を剥ぎ取った。

「何者だ!? ここで何をしている!?」

 敵の動きを封じるため、すぐさま剣を突きつける。しかし、

「ア、アル……その人……」

「んあぁ? 一体はにするんだよぉ……」

 ソファーの上で眠っていたのは、他ならぬカリオンだった。

「カ、カリオン?」

「おぉ……しぇんしぇい、おひはりぶりです〜。ろうしたんれすかこんなとこほで?」

 呂律の回らない状態でカリオンが挨拶する。アルサルは思わず顔をしかめた。

「酒臭い……お前、酒を飲んでるのか?」

「そうれすよ〜。ほうでふか? しぇんしぇいも?」

 そう言って、カリオンが足元にあったビンを手に取る。だが、アルサルはすぐにそのビンを取り上げると、近くにあったゴミ箱に投げ入れた。

「あぁ!? 何するんれすか〜?」

「何言ってんだ! こんなになるまで酒を飲むなんて、どういうつもりだ!? 部屋の片付けも全然してないし……」

「ちょっと2,3週間さぼっただけじゃないっすか〜」

「そんなにしてないのか。道理で臭いはずだよ。それより、これはどういう事なんだ?」

「何がっすか〜?」

「だから、どうして……」

「俺まだ眠いんで、もう少し寝ますね〜」

 アルサルの話を無視して、カリオンが再びソファーに横になる。だが、アルサルはカリオンが眠りに着く前に胸倉を掴んで引き寄せた。

「カリオン、答えろ! 一体何があった!?」

「放してくらはいよ!」

 胸倉を掴んだアルサルの手を、カリオンが払いのける。そして、そのままソファーにだらしなくもたれかかった。

「ねぇ……」

 その時、今まで二人の様子を静観していたエミリアが声をかけた。

「あの娘はどうしたの? ほら、ノアって言ったっけ? 一緒にいたじゃない」

「ノアならいませんよ〜」

 エミリアの質問にカリオンが答える。

「いない? どこにいるんだ?」

「お出かけ中? それでカリオン君、だらしなくなっちゃったのかな?」

「どこにもいませんよ〜」

 カリオンが間抜けな声で答える。だが、その答えに、二人は凍りついた。

「もう、この世のどこにもね……」

 カリオンがさらに言葉を付け加える。だが、その声には先程のような明るい響きはなかった。

 

 

「死にました。一月前に」

 カリオンはソファーにもたれかかってうつむいたまま言った。

 水を飲み、さらに時間をおいたため、酔いはほとんど醒めたようであったが、声には相変わらずハリがない。

「死んだ? まさか、殺されたのか!?」

「殺された? 違います、ただの衰弱死ですよ」

 アルサルの質問に、カリオンは首を横に振った。

「衰弱死? だって、あの娘はまだ……」

「ノアは元々クリスタルのエネルギーを封じる器として作られた存在でした。それが、俺を蘇生するためにエネルギーの大半を消費してしまったんです。あいつは、もう自分の命が長くないのを知っていたみたいです。でも、俺には知らせなかった。心配かけたくなかったからって……」

 そこまで言って、カリオンが口をつぐむ。部屋に重苦しい沈黙が流れた。

「……事情はわかった。だが、こんな事をして何になる? 彼女が戻ってくるわけじゃないだろう?」

 そう言って、アルサルはカリオンの両肩を掴んだ。

「彼女だってお前のこんな姿は望んでいない。だから……」

「そんな事、わかってますよ!!」

 カリオンがアルサルを見上げて怒鳴り声を上げる。その両目から、抑えきれない涙が溢れ出していた。

「そのくらい、わかってます。でも……俺、何も気付かなかった。あいつの様子がおかしくなるまで、全然気付かなかった。あいつと毎日一緒にいるのが当たり前になってて……あいつは心の中では助けを求めていたかもしれないのに。もし、もっと早く俺がその事に気付いていれば、何か助けられる方法を見つけられたかもしれないのに……」

「カリオン……」

「目の前で日に日に弱っていくあいつの前で、俺は何もしてやれなかった。ただ、弱っていくあいつを見守る事しか出来なかった。あまりに無知で、あまりに無力で、俺は……俺は……!!」

 カリオンが床に崩れ落ち、嗚咽を漏らす。アルサルもエミリアも、それ以上何も言うことが出来なかった。

「……わかってるんです。こんな事してても仕方ないってことも、先生が来るくらいだから、何か大変な事が起こってるってことも。でも、今の俺は戦えない……行っても、足手まといになるだけです。だから、もう少し、もう少し時間を下さい。お願いします……」

 カリオンが床につっぷしたまま言葉をつむぐ。

「……わかった」

 そう言って、アルサルは立ち上がると、カリオンの肩にそっと手を置いた。

「待ってるぞ」

 一言そう言い残し、アルサルが部屋を後にする。

「……頑張って、カリオン君」

 エミリアもカリオンにそう言葉をかけると、アルサルに続いて部屋を後にした。

 

 

「どうするの? アル」

 カリオンのいた宿を出てすぐに、エミリアはアルサルに尋ねた。

「どうするもこうするも、あの状態ではどうしようもない。誰か別の人を……」

 アルサルがそう言いかけた時、不意に連絡用に持ってた記録石が光を放った。

「ああ。丁度よかった。ティアさん、実はカリオンが……」

「二人とも、落ち着いて聞いてくれ」

 アルサルがカリオンの事について報告する前に、ティアは一言そう告げた。その声色と表情から、良くない知らせである事は一目瞭然だ。

「一体どうしたんです?」

 アルサルがティアに尋ねる。そして、この知らせは二人にさらなる衝撃をもたらした。

 

「イブリースが、殺された……」

 

 

第8話 終